湖東エリアには、数々の由緒ある神社仏閣が点在しています。今回は、そのなかでも
聖徳太子創建と伝承される「願成寺」の歴史と、ここに残る
不思議な人魚伝説についてご紹介します。
■ 願成寺の由緒と本尊の物語
寺伝によれば、推古天皇27年(619年)4月の出来事。近江国蒲生河で正体不明の生き物が現れます。調査を命じられた聖徳太子は、現地に観世音菩薩を示現させたと伝わり、これが願成寺の始まりです。本尊・聖観世音菩薩立像は聖徳太子の母の姿を写したとも言われ、身代り観音として多くの方の信仰を集めてきました。
その歴史の中で織田信長による比叡山焼き討ち(1571年)に連座し、寺は焼失。しかし、村人たちが本尊を裏山に隠し守り抜いたという逸話が残っています。
■ 人魚伝説とミイラの存在
願成寺には、古くから人魚のミイラにまつわる言い伝えがあります。美しい尼僧と小姓、人魚との奇妙な縁。村人たちが川で捕えた「人魚」は、その後ミイラとなり、諸大名や豪商の手を渡った末に、夜な夜な呻き声を聞いて困った関係者が願成寺に返納したと伝わります。
願成寺のミイラは、小姓が淵で捕獲された3匹の人魚のうちの1匹であるという伝承もありました。
「蒲生郡蒲生町寺(現・東近江市蒲生寺町)の佐久良川の小姓が淵は、日照り続きの年にも常に満杯であった。一人の青年がこっそり見に行くと、3人兄弟姉妹の小姓が人とも魚ともつかぬ姿で、尻尾を使って淵に水を貯めていた。
また、別の伝承では人魚は、もともと琵琶湖の主である大きな鯉と人間の女性のハーフであるという。醍醐天皇(在位:897年 - 930年)にとり憑いて病気にした結果、祈禱により除霊?されてしまう。その際、苦しみの余り暴れて竜巻を発生させ、最終的に巨岩に身を投げて死んだ。」
現在も人魚のミイラは
白木の厨子におさめられて本堂に安置されています(
通常非公開)。また、2000年に開催された「人魚サミット」を記念して、境内には人魚像のモニュメントも設置されています。
時を越えて伝わる伝説と祈りの場・願成寺。
歴史を感じながら境内を歩いてみると、過去と現在をつなぐ不思議な時間を体感できるはずです。
名称 願成寺
場所 東近江市川合町950
電話 0748-55-0155
※本尊や人魚ミイラは通常は公開されていません。特別開帳等の予定については直接お寺にご確認ください。